河津知典
かわづ とものり 河津 知典 | |
|---|---|
| 生誕 | 1975年1月29日(51歳) (大阪府育ち) |
| 出身校 | 大阪音楽大学短期大学部卒業 |
| 職業 | 株式会社HEHN RECORDS社長 藤井風マネージャー 元・ディスクガレージ社員 |
河津知典(かわづ とものり 1975年1月29日 -)は藤井風のマネージャー。株式会社HEHN RECORDS社長[1]。宮城県仙台市生まれ、大阪府育ち。 愛称は「ずっず(Zuzzu)」「Wild Dandy Manager(WDM)」、また初期の知人・業界内では「Tommy」と呼ばれることもある[2][3][4][5]。藤井風や藤井風ファンからは「ずっずさん」と呼ばれ親しまれている。 東放学園音響専門学校では、「コンサートビジネス」の講師を勤めた[6]。
概要
大阪音楽大学短期大学部卒業後、1998年にディスクガレージ株式会社へ入社。コンサート・イベントの企画制作に長年携わってきた業界の実務派。ROCK IN JAPAN FESTIVAL では2001年(同社が運営担当となった年)から毎年スタッフとして参加し、29歳の頃には LAKE STAGE の運営担当を務めていたと、当時の rockin'on JAPAN フェス事業部スタッフ(兵庫慎司)の日記に登場している[7]。
ミュージシャンのマネージャー業ではガールズ3ピースバンドSHISHAMOを手掛けた。なお後述するが、SHISHAMOのボーカルを務める宮崎朝子のきっかけで、藤井風をメジャーデビューにつなげた立役者でもある。
フェス・イベント領域では、フリー野外イベント「蓮沼」の企画制作、音小屋四期イベント科によるロックフェス「音小屋の灯」、音楽業界人によるフットサル大会「音蹴杯」(おんしゅうはい)など、幅広い企画に携わる[5]。2014年には、音小屋校長の鹿野淳と共に春フェス「VIVA LA ROCK」をオーガナイズ[5]。
2021年6月18日、ディスクガレージを退社し、藤井風の個人レーベル「株式会社HEHN RECORDS」を立ち上げた[3][8]。HEHN RECORDS の名称は藤井風の1stアルバム『HELP EVER HURT NEVER』(HEHN)に由来。藤井風自身は HEHN RECORDS の「係長」として社員雇用されており、これは「将来藤井がアーティストを辞めた時にも社会的保証が確保されるようにしたい」という河津の設計だとファンメディアでは説明されている[3]。
宮城県生まれであるが、両親は宮崎県在住で実家も宮崎にある。Fujii Kaze "Alone at Home" Tourの宮崎・都城公演では、藤井風がMCで「河津Mgのご両親は宮崎在住」と紹介し、観客から「河津さんお帰り」の拍手が会場中に起こったというエピソードがある[9]。
近影
上記投稿の6枚目に藤井風との2ショット写真がある。
藤井風との出会い
藤井風は、2017年8月頃からYouTubeに弾き語りカバー曲をYouTubeにアップし始めた。
河津自身が藤井風を知ったのは2017年の冬。当時藤井風のYouTubeを見て「めちゃくちゃ声いいな。ピアノも当然うまいな」と思ったという[10]。
弾き語りカバー曲をアップし始めてから1年程経った2018年中頃から、藤井風の元には音楽関係者からDMが届くようになっていた。
連絡がきた何社かの担当者と実際に会う中、皆「いいこと」しか言わないため、藤井風自身も何が正解なのかわからなくなっていた。
そんな中、初めて直接岡山まで来てくれたのが河津知典だったという。 岡山まで直接来て(藤井風への情熱を見せて)、その後に藤井風の親に実家に直接来て説明してくれたのは河津知典だけであった。藤井風はラジオで「わざわざ里庄のあそこまで赴いて話をしに来てくれた人はおらんかった」と語っている[3]。
なお、河津による最初のアタックは2018年夏で、いったん藤井風に断られた とされている。それでも宮崎朝子の励まし「諦めないで!」を受けて再度アタックし、岡山駅で藤井風と面会、実家のあった里庄町の喫茶店「ミッチャム」(藤井家の喫茶モンマートミッチャム)でも話し合いがもたれたという[2][3]。
河津知典がここまで熱烈に藤井風を岡山まで誘いに来たきっかけを作ったのが、SHISHAMOのボーカルである宮崎朝子である。宮崎朝子は河津知典にこういったという。
ユーチューブにすごい子がいるんですよ![2]
何度か説得に挫折しかけたが、宮崎朝子の後押しで藤井風へのプッシュを諦めなかったという。
藤井風自身、岡山から出て環境を変える必要性を感じており、2019年には河津知典の元で上京を決心。
河津知典が企画に携わるVIVA LA ROCKの出演まで繋がり、メジャーデビューを果たした[11]。
VIVA LA ROCK 2019では、藤井風は5月3日の14:50-15:25に、GARDEN STAGEでパフォーマンスを行い、早くも優しさや何なんwなどのオリジナル曲を披露した[12]。
藤井風から見た河津知典
"HELP EVER HURT NEVER" Listening Partyにて
みんな顔見えた?ワイルドダンディマネージャーの。男前やろ?わしのマネージャー世界で一番男前やと思う[13]。
Instagram投稿
He is my girlfriend, Zuzzu[14].
「ずっずさんの好きなところは?」と問われ
髭[15].
ドキュメンタリー「運命のパートナー」内での発言
2023年公開のドキュメンタリー作品(藤井風アプリ・公式映像系)「運命のパートナー」では、藤井風自身が、河津主導でプロジェクトが回っていることを示唆する発言が引かれている[16]。
基本、この人の願望を叶えるプロジェクトですから[16]
河津知典から見た藤井風
藤井風#河津知典から見た藤井風を参照。
ドキュメンタリー「運命のパートナー」では、河津自身も藤井のルーツや本質的価値観について次のように語っている[16]。
風の考え方は、お腹にいる時と生まれたあとすぐに、祝福を受けに家族で行ったインドにあると思っています[16]
また、楽曲のストックがゼロになった時期の率直な不安についても、ドキュメンタリー内で次のように吐露している[16]。
今、ゼロなの!初めて風のプロジェクトで、今ゼロなの!やめる日が近づいて来てる気がしたもん[16]
50代に入ったマネージャーが、若いアーティストから新しい視点を学び続けている関係性についての発言もある[16]。
考え方が、今まで自分の発想になかったことを考えさせられる瞬間が結構ある[16]
エピソード
- 藤井風のインスタグラムの投稿などから、身長は180cm前後と推定されている。これは藤井風の身長が181cmであり、写真上では藤井風とほぼ身長が同じくらいにみられるため。
- 業界内では「男前」として有名(?)であったようで、音楽ライターの兵庫慎司によれば「裏方がそんなに見栄えよくてどうする、と怒りたくなるくらい男前です。普段担当アーティストいっぱい抱えていますが、きっと『俺らより見た目がよすぎてどっちがアーティストでどっちがスタッフだかわからない』とぼやいてるアーティストも多いと思います」と語っている[7]。
- 同じ兵庫慎司の文章では、河津は氣志團・綾小路セロニアス翔の自伝インタヴュー本「瞬きもせずに」の中で「氣志團に初めてワンマン・ライヴをやらせた男」として登場している、とされている[7]。
- 藤井風のライブ会場でキックスケーターに乗り、会場周辺を周回している姿がファンによって目撃されることがある。また、グッズ売り場などで顔を出すこともある。
- ラジオ番組藤井風を語る真夜中の「ずっずep.5 完結編」では、ライブで「燃えよ」のアウトロを通常の倍の尺で演奏されたサプライズに河津自身が驚いた話、藤井風の YouTube チャンネル登録者100万人達成(河津が藤井を知った当初は1万人)への感慨などが語られた[17]。
藤井風アプリ「staff diary」
藤井風アプリのコンテンツには、「staff diary」があり、河津が藤井風に関するエピソードや裏話を日記形式・不定期で綴っている[18]。
このコンテンツでは、藤井風の言動や過去の経緯、関係者たちの役割など、藤井風とその周囲について、ボケとツッコミが上手く織り交ぜられた 読み物として、ファンには貴重な情報源となっている[3]。ツアー裏話、楽曲制作の裏側、サポートメンバー(藤井風のサポートメンバー、藤井風のサポートダンサー)の招集経緯、海外ツアーでの逸話など、公式プレスリリースには出てこない解像度の細部 が定期的に提供される。
藤井風アプリ日記の要約としてファン側でまとめられている内容例として、サポートダンサーのVinih Malukinが2022年パナソニックスタジアム吹田公演に Michael 経由、LOVE ALL ARENA TOURにShingo経由で参加したという「採用ルート」エピソード、Joel Shoheiに誘われてNeeseがLAATに参加したエピソードなどがあり、これらは河津の staff diary を二次ソースとしているとされる。
コンサート/ライブ制作キャリア
真船勝博による言及(2019年 LINE CUBE SHIBUYA 公演)
SPICEに掲載された真船勝博のインタビューでは、当時ディスクガレージ株式会社でFLOWER FLOWERのライブ制作も担当していた河津知典が、2019年の藤井風 LINE CUBE SHIBUYA 公演に向けて真船に声をかけたことが語られている[19]。河津は単なる「マネージャー」ではなく、藤井風の初期ライブ体制構築のキーパーソン として機能していたことが、この発言から確認できる。
Musicman での講座(2013年・2014年)
音楽業界専門メディアMusicmanには、河津知典が2013年・2014年当時ディスクガレージ株式会社所属として講座を持っていたことが確認できる[20]。
産学連携講座「ライブビジネスと社会」
2016年9月15日に開講された産学連携講座「ライブビジネスと社会」は、ACPCと昭和音楽大学が共同で開催したもので、音楽産業の現状と課題について学ぶことができる講座である。河津はDGエージェント所属としてゲスト講師に参加し、第2回(9月22日)に「プロモーターの仕事①」と題して、主に国内アーティストを対象とするプロモーター業務を中心に講義した[21]。
未来のスター候補が"ロック"と出会う機会を作りたい
河津知典は、これまでコンサートプロモーターとして音楽業界に従事してきた傍ら、音楽業界人によるフットサル大会の「音蹴杯」(おんしゅうはい)を企画・運営するなど、業界全体をさまざまな側面で盛り上げ得る取り組みを行っている。 その中で、音楽ジャーナリストの鹿野淳が音蹴杯に出場しており、彼とのタッグで2014年に生まれたのが「VIVA LA ROCK」というロックフェスであった。
河津知典はこのフェスを通じて、"ロック"と出会い、音楽を始めるキッカケを増やす取り組みを行っているという。例えばフェス内で「VIVA LA GARDEN」というエリアを設け、チケットを持っていない地元の人のためにフリーで入れるスペースを開放し、地元の子供たちがロックと出会う機会を作るなど、なるべくロックに気軽に触れやすい環境を整えている[22]。
なお、2019年時点で SVOLME の記事は、河津を 鹿野淳 とともに VIVA LA ROCK を牽引してきた人物として紹介している [22]。
大型イベント設計者としての側面
SVOLMEの記事では、河津が日産スタジアムでのマンチェスター・ユナイテッド対横浜F・マリノス戦 などのイベントも企画していたことが紹介されている[22]。これは、藤井風のスタジアム規模公演を考えるうえで、河津のスキルセットが音楽マネジメントに閉じない ことを示す補助論点となる。
法人代表・対外窓口としての立場
河津は、藤井風の運営法人株式会社HEHN RECORDSの代表として、ファンに見える「マネージャー」だけでなく、社長/法人代表/対外説明窓口 としても整理できる[1]。法人としての実在性はgBizINFO等の企業データベースで確認でき、民間商標DB等では「藤井風」の商標権者・出願人として株式会社HEHN RECORDSが確認できる例もある[23]。
HEHN RECORDS の運営思想
株式会社HEHN RECORDSは、小さなレーベルで自由と保障を両立する 設計だとされる[24]。「作品を軸に意思決定する小さな強チーム」 として、最少構成で意思決定を速める運営体制を取っているとされ、現場の細部に行き届く配慮が特徴とされている[24]。藤井風自身を社員として雇用することで、芸能活動引退後の社会保障も含めて「アーティストの一生を見据えた設計」 になっているという解釈がファンメディアでなされている[3]。
関連項目
- 藤井風
- 株式会社HEHN RECORDS
- HELP EVER HURT NEVER
- チーム風
- コバ
- 河津未来
- 宮崎朝子
- SHISHAMO
- VIVA LA ROCK
- 音蹴杯
- 鹿野淳
- 藤井風アプリ
- 藤井風を語る真夜中
- Fujii Kaze "Alone at Home" Tour
- 藤井風のサポートメンバー
- 藤井風のサポートダンサー
外部リンク
脚注
- ↑ 1.0 1.1 “紅白歌手・藤井風(25)が"伝道"するサイババの教え”. 2023年1月10日閲覧。
藤井のレーベルである「HEHNレコーズ」社長の河津知典氏が取材に応じた。
- ↑ 2.0 2.1 2.2 “藤井風のマネージャーはずっず!二人の出会いのきっかけは宮崎朝子だった?”. 2022年8月29日閲覧。
- ↑ 3.0 3.1 3.2 3.3 3.4 3.5 3.6 “藤井風のマネージャー河津知典(ずっず)はイケメン?ふたりの出会いや経歴、プロフィールをまとめてみた”. 2022年8月29日閲覧。
- ↑ “藤井風のマネージャー河津知典の年齢や独身?結婚して家族息子がいる?”. 2022年8月29日閲覧。
- ↑ 5.0 5.1 5.2
“MUSICA(ムジカ) _ 日本のロック情報満載の月刊音楽雑誌・電子書籍”. 2023年1月7日閲覧。■河津知典
1975年宮城県生まれ、大阪府育ち。大阪音楽大学短期大学部卒業。98年に株式会社DISK GARAGE入社後、主にコンサートの企画制作を行う。フリー野外イベント「蓮沼」の企画制作や、音小屋四期イベント科によるロックフェス「音小屋の灯」などにも携わりながら、音楽業界人によるフットサル大会「音蹴杯」など、幅広くイベントを企画。今年より音小屋校長の鹿野 淳と共に、春フェス「VIVA LA ROCK」をオーガナイズし、さらには3ピースバンドSHISHAMOのマネージャー業なども行っている。
FaceBook:tomonori.kawazu/Twitter: @kawabrick
- ↑ “コンサートビジネス 授業紹介!!”. 2022年8月30日閲覧。
- ↑ 7.0 7.1 7.2 “8月3日(火)”. ROCK IN JAPAN 事務局. 2023年2月21日閲覧。
- ↑ “株式会社HEHN RECORDS”. 2022年9月1日閲覧。法人番号:3011001141201 東京都渋谷区恵比寿4丁目20番3号恵比寿ガーデンプレイス24階
- ↑ “「河津Mgのご両親は宮崎在住」”. 2023年1月7日閲覧。
「河津Mgのご両親は宮崎在住」「良かったら"河津さんお帰り"って皆さんで拍手してください!」というザベスさんの呼びかけで会場中が拍手したとのこと!
なんて温かいライブなの😊✨
宮崎詳しいから色々案内してたのかな!
#藤井風ホールツアー このタグには「tagname」属性を設定してください。 #AAHT都城 https://t.co/bb5gdECJzg— sai@知りタイムズ🍃藤井風情報&記事更新お知らせ用 (@sai03050622) August 26, 2022
- ↑ “NHK MUSIC SPECIAL 藤井 風”. NHK. 2022年8月29日閲覧。
- ↑ “MUSICA(ムジカ) 2022年 05月号 雑誌 – 2022/4/15”. FACT. 2022年8月29日閲覧。
- ↑ “5.3 FRI 14:50-15:25 GARDEN STAGE 藤井 風”. vivalarock. 2022年9月1日閲覧。
- ↑ “藤井 風(Fujii Kaze) - "HELP EVER HURT NEVER" Listening Party (LiveStream)”. Fujii Kaze. 2022年9月1日閲覧。 5/20(水)リリースの1st ALBUM「HELP EVER HURT NEVER」を先行視聴ライブ配信!5/18のYouTube生配信、"HELP EVER HURT NEVER LiveStream" は、アルバムを一足先に覗き見、いや覗き聴きされたい方のみ参加して下さい!それぞれの楽しみ方があると思います。あなたの1番ワクワクする方法で、このアルバムを初体験していただけるようお祈りしています(>人<)よろしくお願いいたします!
- ↑ “Fujii Kaze 藤井 風”. Fujii Kaze. 2022年9月19日閲覧。
- ↑ “ask me a question > ずっずさんの好きなところは?”. FujiiKaze. 2022年11月5日閲覧。
- ↑ 16.0 16.1 16.2 16.3 16.4 16.5 16.6 16.7 “藤井風ドキュメンタリー⑥「運命のパートナー」完(追記有)”. 風ゆくままに〜Windy Rhapsody〜. 2026年4月22日閲覧。
- ↑ “ずっずep.5 完結編 - 藤井風を語る真夜中”. はてなブログ. 2026年4月22日閲覧。
- ↑ “藤井 風 OFFICIAL SITE”. fujiikaze.com. 2023年4月24日閲覧。
- ↑ “真船勝博 SPICE インタビュー — 河津知典が2019年LINE CUBE SHIBUYA公演に向けて真船に声がけ”. SPICE. 2026年4月22日閲覧。
- ↑ “Musicman — 河津知典 2013年・2014年 ディスクガレージ所属としての講座”. Musicman. 2026年4月22日閲覧。
- ↑ “講義内容一覧(東京工科大学実施)|コンサートプロモーターJP”. 2023年4月24日閲覧。
- ↑ 22.0 22.1 22.2 “未来のスター候補が"ロック"と出会う機会を作りたい”. 2022年8月30日閲覧。
- ↑ “gBizINFO 株式会社HEHN RECORDS 法人実在”. gBizINFO. 2026年4月22日閲覧。
- ↑ 24.0 24.1 “藤井風の"相棒"——ずっずさん(河津知典)ってどんな人?”. wolfsakusaku.net. 2026年4月22日閲覧。